Ⅲ チョコレートを支える生活文化

3.文化による市民アイデンティティの形成

イタリアでは、年次イベント休暇が多く、日本と比較すると断然休暇期間が多く思われがちだが、国民の祝祭日は2004年で見ると日本が15日であるのに対し、イタリアでは11日なので実際は日本に比べると少ない。また大したお金をかけなくても楽しめる、余暇の過ごし方が上手い。とりわけ、トリノ市民はイタリアの中でも勤勉である。遊び上手で勤労意欲が高いのである。参考までにイタリアの一人当たり名目GDPを見てみると、2009年では25,441.71ユーロであり世界で21位である。

イタリアの中でも、トリノを首都に持っピエモンテ州の一人当たりGDPは高い。(出所:国際白書2004)また、G・ベカッティーニに理論化されたディストレット論55)では、このディストレットによる経済が根づいている場所は住民一人当たりの所得が高いこと、低失業率、生活水準、文化水準が高いといわれている。

2009年12月に行った、トリノ市交通課長のルイゼーラ氏とのヒアリングを通して、今後のトリノの活路と市民のアイデンティティを考察してみる。2006年に開催された冬季オリンピック大会はトリノに大きな経済効果をもたらし、イタリア経済に対しては174億ユーロが導入されており、経済効果は1400億円といわれている。オリンピック大会は、大型プロジェクトを企画・実行能力の証明としてトリノの地域社会に、トリノ市民に自信と誇りを持たせる結果になったに違いない。

以前は、自動車産業の不振が原因で人口が減少し、2001年には90万人となり都市が空洞化してしまった。都市再生計画に沿ってオリンピック開催を機に大学や研究機関の受け入れ体制や観光宿泊施設の収容強化、文化・音楽・展示などの大型イベントを実施できる多目的施設が造られ、その代表が先述したリンゴット地区である。都市が生まれ変わったことにより、職場や住環境に好影響を与え、郊外から再び移動が起きて人口が増加しつつある。

現在、トリノは工業都市から観光都市への転換期であり、持続可能型社会に向けて様々な取り組みが行われている。2011年3月からイタリア統一150周年祭56)が開催される。トリノ市内では、イタリア統一時の歴史や過去を振り返る催事が行われる。今後は世界レベルでも新しい役割を担う「観光文化都市」を目指している。文化による経済の創出を念頭におき、地域資源でもある歴史的産業遺産の上に構築される「観光文化都市」として活路を見出し生きていくことが、トリノ市民のプライドとたくましさなのであり、アイデンティティの形成に繋がっていくものだと考えている。