Ⅱ チョコレート産業の現状

2.チョコレート企業の動向

現在、トリノには小規模・大規模含めてカカオ関連、チョコレート企業が150社程存在する。その多くが家族経営の中小企業である。規模拡大によるスケールメリットは殆ど考えず、それよりも他の企業とは全く異なった独自性を発揮していくことが企業の生命と考えている。

日常、企業間では情報交換等のコミュニケーションを持つことはしない。互いに競争しながらも、地域の外部に対しては集積体として競争にあたるという構造が作られている。外圧には、いかんなく徹底抗戦なのである。そのメンタリティが「ものづくりの街」としての形成構造を作っていると考えられる。ここでは、チョコレート企業4社にヒアリング調査を行い動向を挙げてみた。

(1)カファレル社

1826年創業で180年以上の歴史を持つトリノで最初のチョコレート企業である。ナポレオン政権下、規制でカカオ不足になった時代、これを補うためにヘーゼルナッツをチョコレートに混ぜ合わせて作ったチョコレート菓子「ジャンドィオット」の生みの親である。

その後、「ジャンドィオット」は他企業でも製造され現在ではチョコレートの代名詞となっているが、他企業との違いは、製造過程でチョコレートの型を使っていない点である。手作りなので商品の一つ一つが微妙に形が違うが硬くならず、口に入れた時の食感が違う。素材にこだわる伝統的製造は、高価格の商品を提供してきた。その他の商品として、「キノコチョコ」、「てんとう虫チョコ」などがある。

1997年からスイスのリンツ社の傘下になり、商品開発・商品ラインナップに変化がおきている。現在は、元来のクラシカルな商品だけではなく、マスマーケット用の商品も試行されている。2006年に開催された冬季オリンピック大会では、五輪ロゴを使う公式ライセンスを取得した五輪公式チョコレートは250万ユーロを売り上げている。また、ミラノのスカラ座に於いても、オフィシャルチョコレートとして採用されている。2004年11月に日本国内にも出店を果たしている。

カファレル社があるルゼルナ・サンジョバー二はトリノ郊外にある人口7800人の村である。社員100人、工場労働者300人となっており、繁亡期前は工場労働者が500人に増える40)。ミニマムなチョコレート城下街であり、「カファレル村」となっている。地域密着型であり、地域コミュニティを守るトリノチョコレート企業の本来の姿がここにある。今後の取り組みを考察すると、現在のイタリアは少子・高齢化であり、商品の購買層は60代、70代が多くを占めている。そのため、若年層の取り込みを意識しスーパーマーケットやバールなどで買える安価な商品の試行、箱やラッピングの簡素化が検討されている。今後は高価格なチョコレートと低価格のチョコレートと2極化が考えられる。

(2)ペイラーノ社

1914年創業で、本来キャンディ工房だった店舗をチョコレート工房に変えての始まりである。創業者のアントニオ・ペイラーノはその後家族と共に、厳選された原料と手作業でチョコレート作りに専念している。家族経営中心のチョコレート企業の原点である。現在も、創業当時から続くレシピを忠実に守った商品づくりを行い提供している。他企業との決定的な違いは4ヶ月から半年の時間をかけて作り上げるチョコレート製造法にあり、大量生産を行なわず、価格設定が高い41)。主力商品としては「ジャンドィオット」、「ディアブロッティーノ」、「ファンタジア」、「カフェカフェ」などがある。

7、8人で始めた小さな店舗は今や、ヨーロッパを代表する名店に成長している。顧客の多くは富裕層でありイギリスのエリザベス女王やフィアットグループの総帥だった故ジョバンニ・アニエッリ等のファンも多い。ペイラーノ社の商品製造方法は、創業以来一貫して変わらない。スタンダードポリシーとして、高品質の原料や手作業など時間をかけて商品を作っていくこと、商品数も限られおり新しい商品開発には慎重であること、店舗展開は視野になく箱やラッピングなども極めてシンプルであることが挙げられる。

今後の取り組みとしては、企業ポリシーに賛同できるアジアの国を対象にした展開を検討している。2009年7月には、日本の輸入商社と商品販売契約を行っている。

(3)グイードゴビーノ社

1964年創業のチョコレート工房である。現在オーナーを務めるグイードゴビーノは、伝統的なテイストを残しながらも、時代に応じた新しさとファッション性を取り入れ、パッケージや味を変えたり、季節限定や地域限定ものを作ったりとチョコレートファンの目と舌を楽しませている。昼休みも閉まらず、日曜日も営業しているという、イタリアでの非常識42)にも挑戦している気鋭な工房である。主力商品に「ジャンドィオット」、「クレミーニ」、「チャルディーネ」などがある。

前述した「カファレル社」、「ペイラーノ社」とは、経営手法、商品ライン、商品開発など企業ポリシーに於いて一線を画しているが、現在、海外へは生産量の9~10パーセントが輸出されている。2009年には、東京都美術館で開催された「トリノエジプト展」43)に於いてチケットに自社製品を付けてサービスするなどのイベントを行っている。店内にサロンを設け、一般客が商品の試食ができたりチョコレートの組み合わせを勉強できたりと、チョコレートの多様化を推准している。

顧客のニーズに合わせた商品開発のモデルチェンジが早く、商品数が豊富で箱やラッピングの形や色使いに創意工夫を行い常に顧客に対してのボスピタリティが高く満足度を意識している。今後の取り組みとして、現在アメリカ、ロシア、アラビア、ヨーロッパ周辺国に展開しているが、今後は日本への本格的な進出を検討している。積極的なグローバルブランド展開の姿勢が見てとれる。

(4)ジェルトージオ社

1860年創業で、現在2代目オーナーのジャンニ・ジェルトージオが考案するチョコレートは、商品を買って帰るだけではなくパスティチェリア44)になっている店舗内で食べて楽しむことができる。主力商品として「ジャンドィオット」、「トルタサバウダ」、「ルバタアルチョコラート」などがある。地元のファンが多く店舗展開は考えていない。顧客の滞在時間も長く地元密着型であり、マイサロンとなっている。商品数も多くはなく、クオリティを保持する理由から本店1店のみで支店を考えてはいない。

今後の取り組みとしては、創業当時からここの看板商品となっているトルタサバウダというチョコレートケーキの海外での販売を検討している。現在、日本ではインターネットでの購入が可能となっている。

以上のように、4社は各々の個性を持っているが共通していえるのは顧客起点であるというところである。自分たちの作るチョコレートはトリノのシンボルだと言って憚らない。単に商品としてチョコレートを売るのではなく、チョコレートを通して生きることの楽しさや感動を伝える努力の姿勢が見てとれる。

4社を比較すると、共通点は小・中規模の企業であり家族・親族或いは、その関係者で企業運営を保持しているところである。また、相違点については海外への展開を積極的に行っている或いは予定しているカファレル社、グイード・ゴビーノ社とは対照的に、海外展開に関しては出荷先に慎重な姿勢を見せるペイラーノ社と、頑なに地元主義を貫くジェルトージオ社の経営意識が興味深い。