Ⅰ チョコレートの街・トリノ

3.カフェ文化とチョコレート

前節でも述べているが、17世紀にはチョコレート工房の開店と同時にチョコレートを飲ませるカフェが生まれている。そこでは「ビチェリン」という、チョコレートドリンクにコーヒーとミルクを混ぜた飲み物が作られている。「ビチェリン」を提供していたカフェでは、リソルジメント当時、政治家や文化人が集まるサロンとして利用され歴史的な出来事や芸術のアイデアが生まれたとされている。

現在、トリノにはカフェ、バールが1600軒存在する。その多くが広場の周りに集積している。いずれの店舗でもチョコレートを購入し食することができる。ここでは、トリノの中心地カステッロ広場、サンカルロ広場に在る歴史的、建築学的にも価値の高いカフェを挙げる。

(1)「カフェ・アル・ビチェリン」

トリノで一番古い老舗である。イタリア統一後初代首相のカブールが政策考案の場として活用していた。飲料「ビチェリン」の名前由来のカフェである。

従来、女性達で経営されており自宅の居間のような空間である。現在も、以前のままの停まいを残しておりトリノのカフェ文化はここから広まったと云えよう。

(2)「バラツティ&ミラノ」

トリノ最大の広場カステッロ広場には、ユネスコ世界遺産であるサボィア家の王宮や王立劇場などの建造物を有するが、この歴史的背景と共に存在したのが、このカフェであり14世紀からサボィア家の権力の象徴として活用されたカフェである。

現在はトリノマダムのコミュニティ空間として活用されている。カフェは、リソルジメント時に独自の文化を創り、今も市民の情報共有の場として必要不可欠な装置となっている。

カフェとチョコレートは共に、リソルジメントという歴史が生んだ文化であり、市民の社交の生活文化である。カフェと同じように利用される場所にバールがある。両者の違いを以下に考察してみた。

(1)カフェ

テーブル席が中心であり、コーヒーをはじめ飲食の価格帯が高めの設定である。レストランの要素も含んでおり、利用者の多くは経済的に余裕のある、いわゆるアッパーミドルクラス者だといえる。そのカフェの奥にはサロン風のゆったりした空間を有し、利用者に落ち着いた「静」の時間を提供してくれる場である。

(2)バール

カウンターでの立ち飲みスタイルで軽食を取ることもできる、立ち食いが中心の喫茶店という定義になる。イタリアには、日本のようなランチセットというサービス概念がなく夜も昼も同料金となる為、一般庶民が毎日カフェレストランで食事というわけにはいかない。そうなると、必然的にバールに行って軽食というスタイルになる。カフェに比べて敷居が低く、人々が1日に何度も気軽に訪れられる生活場所となっている37)。

例えば、朝食時に仕事の合間の5~10分間程度立ち寄って、コーヒーや軽食を口にする。昼食、夕食にしても同様のことがいえる。老若男女、皆が横一列に並んで飲んで食べて会話を楽しむ「動の時間を提供してくれる場である。

このようにカフェとバールに特徴的な違いはあったとしても情報共有の場として人々の生活に欠かすことのできない使い勝手の良い装置なのである。カフェに比べるとバールは価格帯も店舗スタイルも庶民的になるが、より都市生活に密着したコミュニケーション空間になる。バールによっては食品・日用品まで備えている店舗もあり、コンビニエンスストアのないイタリアでは、便利屋として市民の日常的な消費に結びついている。

カフェと同様、どのバールでもチョコレートが置かれ、コーヒーを飲む際、一口つまむといった具合である。バールに置かれているチョコレートは、スーパーマーケットの棚に並ぶ商品と同じ或いは、類似しているものが多く安価である。いづれにしても、毎日欠かさず通う人も少なくない、これらの場はチョコレートを通しての社交場と化している。カフェとバールを考察していくと、カメリエーレやバリスタの存在に注目せざるを得なくなる。

カメリエーレやバリスタとは、コーヒーを提供する給仕人のことを指すが、彼達の役割はそれだけに留まらず、客をもてなすホスピタリティ精神に富んでいる。筆者の経験でも、好みのコーヒーの飲み方を覚えていたりその日の服装を褒めてみたりと、居心地の良い時間を提供してくれた。これは、地元住人だけではなく、外から来た人間にとって安心できる空間である。

カフェとバール、この2つは人々にとって日常生活の一部であり生活文化を生んだ装置である。そして、イタリア社会の縮図であると考えられる。